ピカビア

2012年07月08日

人体の夜「ピカビアの多面性」−3

BH04-01yell2/メタモルフォーゼ

メタモルフォーゼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピカビアの多面性

ピカビアとはいったい何者なのか、それはということを
自覚していた画家だ。トリスタン・ツァラのように、空-無
飛ぶというより、そこから飛び降りた生のエネルギー
”かたち”に変える、エロスメタモルフォーゼ、
機械
でさえも。

だから着地点はその結果に過ぎない。
どんなところでも降り立つ。それ自体がスタイルとなる。
つまり場を持たない表現だ。それは空-無から変身した
エネルギー。その着地点とは、現れた場でしかない。

つまり意志のエネルギー態だ。このエネルギー態
エントロピーの増大に加担する。現れるとき秩序という
姿を見せる。そこには絶えず無常がある。つまり常に
というやつだ。表現方法はどんなものでもよい。

同じことを繰り返さない。しかし宇宙の法則を決して
外さない。なぜならエネルギーの法則に従順だからだ。
無秩序から秩序の回転を見せるエロティシズムの
機械
をもっている。

それが人間という宇宙の機械をピカビアは見せる。
最初からカオスに回収された姿を見せている。
すこしも変わらないスタイルを意志のなかに持っている。

その意志は無関心の意志、その苦しみの計算機を
携えて思考するピカビアは、「心の内部の消耗
すなわちエロスに抱かれる、タダdadaではない。



2012年07月02日

人体の夜「フランシス・ピカビアのこと」−1

HF1-01

moving force

 

 

HF1-01
「人体の夜」
地球生成装置

 

 

 

 

 

ラビリンス

意志なるものはつねに待つ
見出すことなく 欲望を。
クラッチは情交の不在を
激化させる。
夜に向う傷口は
反省を冒涜している。
あるものはただ疑わしい
無関心のみ。
僕は苦しむ
無関心を知っているために
絶えず自分自身に乗り出してゆく
凡庸さ それは
水平線が僕の感情の
視線を引きつけるということ。

参照:
母なしで生まれた娘の詩とデッサン
フランシス・ピカビア
訳:鈴村和成
「ユリイカ 1989/発行 青土社」

わたしは必ずピカビアの詩を見て、また絵をみてスタイルを持たない、同じ絵を描き続けない、技巧に走らないという3つのことを念頭において日常を暮す。静かにカオスと測りえる程に持ち続け、生活をしてゆくこと。絵画生活の習慣病をしない。これは結構しんどいけれど、生き方としてはわたしにあっている。いつでも放棄と無関心でいられる。描くということは思考すること。詩を描く行為であって、生そのもののなかに現れているけれども見えないもの、その波動を感知し、見える記号に変換してゆく。この仕事が結果的にアートとなる。それは、すなわち「人体の夜」のなかに光を感じ取るとることです。ピカビアの光は神秘に満ちている。宇宙の暗黒からやってくる見えない光と、太陽の光が反射され、その合成された化学変化の暗号を見せる。それは遺伝子の元素の光である。地球生成装置の機械をつくる。



2011年08月19日

官能的宇宙の形態は・・

GH18-02C2

トカゲ

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

官能的宇宙の形態は
意志にかかわり 障碍となる。
神秘的な形態は
知性を欠き
数学と同様
お互いの腕に抱かれる。

 

上記の詩は「母なしで生まれた娘の詩とデッサン、訳:鈴村和成」
フランシス・ピカビアの詩です。わたしの敬愛する画家です。GH18-
02C2の画像は詩の内容と関係しているのかは、わたしには
分かりません。ただわたしの抽象的なイメージです。



2010年03月15日

黒い裸婦供崙盧瀛震漫考えないものへの形態」

FC15-01black

黒い裸婦

 

 

 

 

FC15-01black
「黒い裸婦供内在平面」
考えないものへの形態

 

 

 

 

 

 

 

 

*叫び   cri

『マットレスは恐らく一言語である
たぶん簡単に信じるに足りぬものである
死亡も     鳥もちも    訪問者も
次の間で捕獲されて
睡眠の上に雑誌をのせる
演出ということだ-----
弱点が体をやつれさせる
希望はない------ 』

 

*叫び cri
「フランシス・ピカビア、
母なしで生まれた娘の
詩とデッサン」参照
訳:鈴村和成



2010年03月14日

オブジェの言表「詩の思考が発生する見えない絵画」−1

FC13-02

blue hole

 

FC13-02
steel plate
and 
A leg

 


 

鉄板と脚
トーチで切られた雲状の痕にも
生きる価値はある。扉を蹴った脚が、
飛びだしてしまったとしても。

*空虚
『あらゆる言語に反する二つの方向だ
というのも幻想は抽象を生み
その完璧な形態のうちに
驚異を発展させるから
人も知るように 貝殻がかたちづくる
完全なものは 人間の言葉である

それ自身の法の中
生の現実的支配下にあって
外部から生じる
心の内部の消耗は
連続する運動だ
それが身を隠す神を分離する

人間の意志に従い
三条の光線は想定させる
腐敗する不動の大気が
この地上に君臨することを
それは霊的な自然に苦しむ
人も知るように。』

 

*空虚
「フランシス・ピカビア、
母なしで生まれた娘の
詩とデッサン」
訳:鈴村和成



2008年05月21日

フランシス・ピカビアの方へ「官能的な靴の測定器」−1

ED01-60Red_2A/ED01-60Blue_1Aa

赤い靴青い靴

 

 

 

 

 

 

 

 

ED01-60Red_2A/ED01-60Blue_1Aa
 「Red Shoes &Blue Shoes

 

「官能的な靴の測定器」の為のデッサン

フランシス・ピカビアの官能は一つの機械から
すべてが満たされた、無意味の総体である。
それは秘めたる奢侈の商品であり、バタイユの
消尽する過剰なエネルギーの官能である。

虚無の彼方へと、情念が作動する自動機械の
ネクタイは、地球に結ばれたピカビアの
抽象機械である。その果実は、裸体の言語を
吸収したエロティシズムであり、人間はその
機械である。



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