2008年02月16日

バタイユ「消尽したもの "ウォーホル的に・・”」−4

DB16-10Blu_EL/DB16-10Blu_EL1

GバタイユAGバタイユB

 

 

 

 

 

 

 

 

G・バタイユ
(鉛筆スケッチに色彩)

 

・・無意味というなら、わたしはウォーホルを想起する。彼は現代のシャーマンだったし、何しろあのエンパイアステートビルを無意味に8時間もカメラを固定して撮りつづけのだから。コンセプショナルなアート何かではない。消尽すること、ただそれだけ。これこそ「器官なき身体」だ。このアルトーの後ろにウォーホルがいる。

彼は生きているときでも死んでいたし、死んだあとも生きている。蒸発した作品はそこには無い、という表面をつくる。およそ言語の構造によく似ている。気化された表層は、言語の連鎖のなかで深層の身体を変形さ、言語の身体化をつくる。だから、落下したアリスをつくらねばならない。<身体の変位量を計測する物語をつくりださねばならない。>と、ドジソンがいっているのですよ。

この変位量を供犠の形式として、言語の中に溶け込ますこと。表層の中の表層を、言語の連鎖反応を身体の奥深くへと・・バタイユの虚数をつくりだすこと。こんな妄想をしたくなる。バタイユにのめり込めば、のめり込む程、その無意味な力が無重力化してくる。言語の虚体が頭角を現す。



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