2016年11月

2016年11月16日

意味作用の消滅「対称-Xであるようなもの」

NLK-05A

2016-11-16_弁天池かも-1



































何を撮ろうとしたのか、
そこに意図はない。
池の水面に映る影、水草の枯れた姿、
秋からやがて冬を向える気配、微かに
見える緑の葉とのコントラストな色彩。
鴨をいっそう引立たすための背景でもない。
いったい何を撮ろうとしたのか、
言表行為の再領土化であるよなもの。

「・・・の意味作用から遠ざかるもの」

であるにしても、確かに見ている。




2016年11月13日

二つの要素と反復「奇妙な記号として差異生成してくる」

PHLK-18


カマキリA2


































記号(カマキリ)の記号(カマキリの影)を見る。
この二つの要素と反復。カマキリを見ているのか
カマキリの影を見ているのか、それは分からない。
反復は奇妙な記号として差異生成してくる。

着地点が不在である。しかしそれが強度として
立ち顕れてくる。統一されたある感覚が生成してくる。
これをシュルレアリスムという。

サルバドール・ダリは:
最もリアルなものこそシュールであるという。
この意味において写真は常にシュールである
その要素を持っている。





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