2011年10月

2011年10月24日

レオナルド・ダ・ヴィンチ(「聖アンナと聖母子」についてのメモ)−1

GG20-01

聖アンナと聖母子

 

 

 

GG20-01
聖アンナと聖母子
1502-1516年頃
板に油絵 168 x 130 cm
パリ ルーブル美術館

 

 

 

 

 

 

 

聖アンナと聖母子についてのメモ

わたしはロンドンナショナル・ギャラリーで「聖アンナと聖母子」のデッサンを観たとき、それは宇宙の構造を観ているのではないか、という深い感動だった。まるで「神の設計図」を描いているようなデッサンだった。鑑賞する行為を遥かに超え、シンクロニシティの体験だった。後で考えると、その絵を観る為のみこの美術館に訪れた、そんな感じだった。はじめからその絵を観る為に入ったのではなかった。なんの知識もなかった。美術に興味を失っていたじきだったし、具体的な対象やものに現代社会の状況を、その歪みを観せるアートには、わたしは拒絶反応を示していた。その歪が、人間性のあるべき姿を見せるためだという行為に、たとえ赤裸々に描いたとしても、それを観ても生きいきしなかった。そういう状況から遠ざかりたかった。そんなおもいを持ちつつロンドンの街中を彷徨っていたとき、なんとなくナショナル・ギャラリーに向かっていった。

そのとき、巡りあったのがダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」のデッサンであった。わたしはそのデッサンを観たとき、今までにない体験を、神が存在しているのでないかと思わせるほどのものだった。遥か彼方からやって来る””この顕現化こそが、その作品だった。そこには光をとおして、大地、生命、宇宙の全てが含まれていた。ダ・ヴィンチは生涯この”宇宙のメカニズム”を追及していたのではないか。アートとは生命エネルギーのかたちを観せるもの、その時代の文化を十二分に捉え、生きいきとした活動の源となるようなもの、そんな考えがよぎった。至極当たりまえの考えではあるが、なかなかそれが出来ない。それ以来わたしは、この体験がわたしを勇気づけた。その体験が後のすべを測る尺度のもととなった。デュシャンの作品を観るとき、いつもダ・ヴィンチの宇宙像がある。ダ・ヴィンチは流体力学を、デュシャンからは熱力学を感じる。そして両者とも宇宙のメカニズムを追究していたひとだ。美しい数式ではなく、美しいものの顕現化を表現していたひとだ。わたしは美しいものが好きだ。どの生命にもそれはある。たとえそれが非-生命的なものでさえ、それを生命的に観る人間の思考は美しい。

 

画像掲載(GG20-01)はフランスにあるものです。
ロンドンにあるデッサンでは、全体の宇宙が画像
掲載では分かりにくい。色彩をほどこしてある
パリのものは、空気遠近法がこの画像からも多少
分かるとおもう。そこから全体のニュアンスが感じる
とおもい、掲載した。



2011年10月17日

ボードレールあるいは病める花の終わりに

GG015-02Hole_04

不滅の焔

 

 

 

GG015-02Hole_04
Lonely fire
「病める花の終わりに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病めるの花の終わりに

覗かれた裸体は、ボードルールの宮殿の排水口
愛液の溜りが奥から滲みでる。それは気化し、
蒸発された手の先を通じて、灯を掴む独身者の焔
永遠の前に儀式をする恥骨の恥じらい。海の向こう側で
扁桃腺の開花。病めるの花の終わりに。

 

そんな風景を立体化する装置、作品ではなくものであること。無関心な焔、意識すること無く、すでにもっている。それを感じた瞬間、孤独となる。辺りが観える景色、広がり(波動)がその棒を水面から押し上げる。何かの作動が身体をかたちつくる。非-芸術的な影、胎内の奥から見える思考を観る。ルネ・マグリットの焔、反転が起こっている。手にもっている一つの音、拾い上げる水平線、・・が棒に点火する。それは孤独な焔であると同時に、離脱した無関心な焔であるようなもの、点火されたひとつの永遠、無限のなかで起こる孤独、滅することと、現れることの浮き上がった線分、それは水平線の上で起こる。



2011年10月16日

トリスタン・ツァラ「忘却の雲の下に隠されたもの」−2

 GG06-01

A1

 



 

 

 


 

忘却の雲の下に隠されたもの

結局、置き去りにされた「Dada宣言」は色あせない。
何も表現しない空のポケットのなかに、清澄な大気の
層のなかにしまいこまれた。それを取り出すのは心が
詩を求めるときだ。詩の発生を促がすエネルギーが
そこにはあるからだ。

それは「純潔な一微生物だ」宇宙の遺伝子、のなかに
あるそれらのエネルギーがわたし達の身体を振動させる。
それはトリスタン・ツァラの遺した記号を呼吸することではない。
それは:

『・・だれもが知るようにダダはなんでもない。僕は、
空無の真の力を理解するやいなや、ダダから離れ、
僕自身から離れた

『・・本当を言えば、真のダダたちはつねにダダから
離別していた

そんなことを言うトリスタン・ツァラは、空のポケット
もってそのなかに何でもないものの、だれでもないものの
宇宙をつめこんでいたのだ。空-無の真の力を一瞬のうちに
光らせそこから去っていった。
だからそれは今も空-無のまま。

 

CG06-01隠されたもの):このオブジェは、わたしの住んでいる近くの公園に前日の夜に1m^2のシートを置き霜を採集したもの。最も寒い真冬の夜空を観て、星のでていることを確認して霜のよく降る日に採集したもの。シートに付着した霜をテラスに置き太陽の光で溶けて水となったものを蒸発する前に集めて、必要な分量を濾過紙でクリーンにし、小さな試験管のなかに漏斗で入れた。分量は試験管に1/3ほど入れ、コルクで栓をし塞いた。蒸発しないようにコルクは接着剤でしっかり固めた。試験管の中に1/3ほどしか水は入っていないので振ると音がする。更に六角柱の鋳型を作り中心部に試験管を入れ石膏を流し込んだ。この六角柱の保存ケースをつくり納めた。このケースを開け六角柱の石膏をとり出し、振ると音がする。
それは何でもないものの宇宙の音



2011年10月15日

トリスタン・ツァラ「空無の真の力」−1

GG10-01_Dada

Dada_Tristan Tzara

 

 

 

GG10-01_Dada
いかにして僕は
魅力的で感じよく 
かつ優美となったか

(鉛筆スケッチ)

 

 

 

 

 

 

 

トリスタン・ツァラ

空無の真の力:わたしはそれに惹かれ、描くことを遠ざける思考のデッサンをするようになった。時空の同時性こんな想念を、アンフラマンスを提示すること。それを観た瞬間ある変換が起こる現象を提示すること。そんなことを想いはじめた。これはDada的な思考のダイアグラム(図表化)を作成化する。それはどんなものでもよい。トポロジー的変位の様態ではなく空無の変位、発ちあがる時空の接線であるようなもの。Dada的真空

・・ではDadaとは何か。わたしは語ることが出来ない。そんなことをしても無-Dadaし、芸術行為非-芸術行為だといっても無-Dada 、だからわたしはトリスタン・ツァラの「ダダ宣言」ページ73に掲載してある数字をスケッチした。これはわたしのダダの模写。すなわち、それをスケッチしたわけ。しかしこれは無-意味な写経のように感じ、Dada的でおもしろかった。

・・それにDadaは何もいっていないし、すぐに真空を感じたら逃れること、滅する前に。 つまり -のことで誘発するエネルギーを身体に感じたら、おもいっきり吸い込み、吐き出すこと。

・・さて次はどうする。仏教徒にでもなりますか。レヴィ・ストロースは「自分は仏教徒だ」と告白しているし、デュシャンですら中国や日本のことを、「」のことを相当勉強していた。まるで禅画Courant d'air sur le pommier du Japon, 1911年)のようなものもある。

・・わたしのお喋りはこのくらいにして「ダダについての講演、p137」の最後の言葉を掲載しておきます。それぞれが呼吸をし、宇宙の遺伝子を受けついている、この悠久の呼吸法を身につけるために。

『-ダダはあたかも人生におけるいっさいのもののようにむなしい。ダダは、人生はかくあらねばならぬといったような、どんな主張も持ってはいない。おそらくこう言えばもっともよく理解してくれるだろう。すなわちダダは、理性が言葉や約束事によって満たしえなかった全空間のなかに、空気の要請によって導きいれられる純潔な一微生物なのだ、と

更に、わたしは次の言葉を追記する。

-ダダはいささかも現代的ではない。むしろ、ほとんど仏教的な無関心の宗教への回帰である

では、いささかも現代的ではないとは
過去のこと、瞬時の今のこと、未来のこと、
無関心の宗教への回帰とはどんな宇宙・・

 

「ダダ宣言」著:トリスタン・ツァラ
訳:小海永二・鈴村和成
発行所:竹内書店(1970年)」参照



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