2007年01月

2007年01月09日

石田徹也の作品が意味するもの

わたしは、個人的に思いついたことは他のブログに書いています。石田徹也の絵画のことを書きました。驚いたことに海外から何人もの人がアクセスしてきました。国内からも多くのアクセスがきました。こんなことは一年半以上ブログを続けてありませんでした。多くの方に知って頂こうとこの有人彗星に他のブログで書いたことの全文をそのまま掲載しようとおもいます。日本人アーチストを論じたことはこのサイトではありません。2007年の初めに石田徹也をとりあげようとおもう。現代美術でわたしの心を動かした日本人アーチストでは、彼が初めてです。それは現代日本の、また世界の至るところで起きている現象(出来事)を表現していると感じたからです。

あらゆる「もの」がいまでは交換可能な等価物として流通しています。美術も当然入ります。むしろ美術こそこの意味がピタリ当てはまります。その例外ではありません。その「もの」とは手に触れる「もの」、見える「もの」とは限りません。「もの」とはすべてが交換可能な情報のことです。それは言語に置換された「もの」とも言えます。こんな時代に独りで立ち向かった石田徹也のことを掲載するのは、多くの方に観る価値のあるアートだとおもったからです。このサイトに載せる場合、客観的に書き直そうと考えたのですが、わたしのざわついた生の感覚を載せた方が伝わると考え、そのまま掲載しました。第一部と第2部に分けて書きました。第一部は経緯とその概要を、第2部は私情をまじえ、その概要を論じます。

 

第一部:石田徹也遺作集「残骸、Page17」参照
もはや時代は石田徹也の世界に入っている

『・・消費の代用が芸術になることをウォーホルによって止めを刺された。その後、日本では芸術が消費の代用になることを、癒しのシミュラークルをつくった村上隆や奈良美智がもてはやされた。そして不可能な交換をつくった石田徹也によって止めを刺された。なにも起こらないことによって出来事が起こる戦争機械のシステムが人々の内部に潜んでいる。そして消費と生産の死を、身体の内部に取り入れたとき、私は死ぬ。なぜなら私は言語によって埋め尽くされた「もの」が消えたのだから、もはや鏡に私の身体は映らない。いったい私の存在は何処へいったのか・・』

「もの」の彼方へと、無の方へいったのです。

こんなことを考えてしまう石田徹也の絵には恐ろしさがあります。「残骸」という作品は象徴的に暗示しています。この絵は背後にマイホームの家を描いています。車が転倒し、家族らしき人も仰向けに倒れて、市民的な生活の何かを暗示しています。その前景に身体と一体となった大きなねこぐるまが倒れ、石が散在している。建設という名の生産を、消費を死なせること。これを防ぐてだてはない。唯一可能なこと、それは生産しているものに対する自爆テロのように不可能な交換をすること。「残骸」という作品にはそれを感じます。時代はそこまで進んでいるということでしょうか。奈良美智のように交換可能な消費に対する癒しとしての、ひねくれた可愛らしさのある少女のシミュラークルをつくることではなく、不可能な交換へといっている。しかも時代をつくっているのがわたしであり、わたしは時代によってつくらされてもいる。この共犯関係を終らすこと。こんな不当な要求に石田徹也は独りで戦っていたのだろうか。わたしは日本にこのような芸術家がいたとは知らなかった。』

 

上記の記事と重複しますが、わたしの個人的なことと関係して石田徹也のことを具体的に書いています。

第2部:石田徹也遺作集「帰路、Page84」参照
石田徹也の作品が意味するもの

『・・わたしは美術から離れてもう随分たった。美術がつまらないというわけではない。ただ現実にある美術にはそれ程反応しない。癒しの美術は和むけれど、自己変革の手助けとはならない。小説は殆ど読まない。出来事の世界に煩わされたくない。すでにわたしは出来事の真只中にいる。詩は比較的読んでいる。この離反は、わたし個人の感性の問題であると同時に、そうではない気もする。現代の日本の美術はどのような状況にあるのか知らない。美術雑誌も読まないし、ギャラリーや美術館にも全くいっていない。

・・脱しようとしているのに、美術というカテゴリの中にはいろうとしている。それは流通機構に載らなければ、ただのゴミという意味から交換可能な「もの」へ移行を望んでいる。結局アートがビジネスになるのは権威と流通の問題であると言った、あのウォーホルの言葉をおもいだす。壁掛け絵画と癒しのアートは「意味の論理学」であり、表層の世界を感覚に置換えた言語の世界だ。交換可能な等価な世界であることによって人々は安心する。村上隆や奈良美智の世界である。けれども石田徹也の世界は不可能な交換へと進んでいる。来るべき思考形態を暗示している。この衝撃度は凄いとおもう。

わたしは個人的なことで渋谷によく行く。昼時にはハンバーガーショップでそれを注文して食べている。コーヒーを飲む、それほどおいしくもない。胃の中に流し込んでいる。その店の窓越しに外の風景をぼーと眺めている。人々や車が忙しそうに動いている。記号化され、表層の世界では死に至る病は不在化される。絶望もないから、希望もない。健康そうな若いカップルが通り過ぎてゆく。

生きることが、死ぬことであるなら、その旅に出かけねばならない。死ぬことが、生きることであるなら、それを探さねばならない。そんな絵画に出合ったのが石田徹也のアートだ。絵画であるけれど、絵画ではない。わたしの好みを超えた、表層の世界を漂っている。これは日本人最初のポップアーチストではないか、というおもいはある。情念とエロス、生と死、これらの平面から存立平面へと導く。おそらく死という意味が重くのしかかってくる。それは達成できぬ不可能性としての死であり、記号化された身体としての死であり、・・何々になること、という変身願望の生成変化へと導かれる。

物質の変身が言語であるなら、言語の変身が物質ではありえない。虚無という記号のなかで、身体は物にはなり得ないという叫びが、石田徹也から感じるのだ。それは記号化され同化された物質達の中に精神をもった身体を、その永遠性を掴み取ろうとする魂の叫びがある。この不可能性を見せる彼の絵は、絵画である以上に出来事であり、表層の世界を見せる。「もの」達に死を宣告し、人工的な「もの」達を作り続ける資本主義の世界、生産することで出来事の表層が社会となり、現実となる。そしてこの現実は身体を作り、精神をかたち作る。もはや本質とは何処にも無い表層の世界が現実となり、すべてのものがそこからはじまる。出来事が本質となるのだ。それは底無しの世界であり、鏡に映るエンドレスの姿を見せる。無数のアイデンティティーが己になるのだという恐怖を体験することでもある。表層の世界の現象学である。

統治者は言語を管理すること、そして意味の隷属の中で人々は文化の係数という指標のなかで生きている。おそらく、もし彼が生きていたなら表現方法が劇的に変り、世界で通用する素晴らしいアーチストになっていたに違いないと、わたしは確信している。横並びの日本の現代美術の中にあって、最も刺激なアートストになっていたとおもう。非常に深い世界をもっています。彼の絵画は生成変化を暗示する・・それが何処へ逝こうとしているのか。メタモルフォーゼするためには死への接近は避けられない。・・になること。到達するためには誰でもいったん飛ばねばならない。

物質として固定された身体は、非物質化へ、身体の無化を形成しなければならない。飛ぶことと、落下することを同時に体験する不可能な地層へ導く。この不可能性へと彼の思考は進んでいった。そこにはカオスが見え隠れしている。「帰路」というタイトルのついた絵は、表層と深層の地層が同時に表現されている。かつて幼かったころのカオスからの壊滅を守るあのリトルネロで守られた世界を、顔の無い暗黒の中に幼子を描いている。しかしそこにもカオスはある。不安げな幼子はこちらを向いている。成長するに従って表層の世界へ、意味の獲得がカオスを不在化する。

むしろ不在化すればするほど交換不可能なものは強大化する。いまでは無限に埋め尽くされたかのようにみえる言語の世界は、そのカオスを隠すことに成功したかに見える。物と等価な言語、意味の世界で生き、交換可能な出来事のなかで人々は生活している。アートさえ交換可能な等価物のシュミラークルのなかで癒しという世界を築いている。村上隆や奈良美智の世界である。ウォーホルの世界も一見そのように見えるが、彼のアートは死そのもの、無(Nothing)が根底にある。そこには暗黒のカオスが、ブラックホールがある。石田徹也の表現は癒しの世界とは違います。交換不可能なブラックホールの世界へと進んでいる。それ故、感動はいっそう深い。交換可能な等価物からは、癒しという言葉はでてくるが、感動という言葉は無い。生成変化のないメジャーの世界である。生成変化のある石田徹也のアートはマイナーな世界である。それは最高度にカフカ的な世界へと導く。そこから逃れることができないカオスという次元に入る。』

 

 

次回はアンリ・マティスの世界に戻ります。「木々の緑(森の中のニンフ)」を”物質と記憶”の論理で語ってくれます。これも予定ですので変更する場合があります。「有人彗星」管理人



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