2006年10月

2006年10月19日

意味の論理学「他者の声が舞い降りて」1

BJ20-30Yel1

舞い降りる他者

 

 

 

 

 

 

 



 

「他者の声が舞い降りて」のためのデッサン・1

*『・・レプリカではなく分身である。もろもろの純粋な要素を明示する者、対象、身体、大地を解体する者である。---他者は結合させる。他者は、要素を大地に、大地を身体に、身体を対象に結合させる。

・・まず表層に分身もしくは天空のイマージュが現れ、次にその領域が天上に飛翔するとき、純粋で解放された要素が現れる。一般的な直立は、表層の直立であり、表層の修正であって、他者は消えている。

そうするとシミュラークルが昇ってきて、島の表層で、空を飛びながら幻想になる。似ていない分身と束縛のない要素が幻想の二つ側面である・・』

 

わたしは感覚をあまり信用していない。表現したものが何であるか自覚しているわけではない。理由は後からついてくる。認識したときそれはすでに遅れている。遅れないために表層に漂っている空気を掴みます。デッサンは--の空気を掴む形象化でもあります。ドゥルーズが見事に分析しているのには驚かされます。ようするに絵画はある種のシミュラークルであるということです。

 

上記*『』文は「意味の論理学、ドゥルーズ著」のなかの(幻想と現代文学供■押砲魄用したものである。(訳=岡田弘、宇波彰)



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