2005年06月

2005年06月26日

アンディ・ウォーホルの哲学 

私はウォーホルの作品と言葉が好きだ。資本主義経済の真っ只なかで生き、泳ぎ倒れてしまったウォーホルが好きだ。軽くて、重いウォーホルの次の言葉。
 
「アートはもともと反応を芸にするビジネスで、大衆は最も反応する人々だから、それにならうことがビジネスになる。ビジネスがアートになるのは心の問題とおもうけど、アートがビジネスになるのは権威と流通機構の問題であるのはおもしろい。
 
価格を維持するダイヤモンドの流通機構に似ている。ダイヤモンドは工業的に役にたつが、アートは役にたたない。人々が反応してくれれば、役にたつが、そうでなければただのゴミ。権威に支えられた刷られた「お札」というわけ。社会的信用経済の力はすごい。人々はそれをよく知っている。」
 
デュシャンもこのことをよく知っていて、実に注意深く生きた人だ。どのようなものでも流通機構にのらなければただのモノ。
今日のようにインターネットの発達した時代では誰でも参加できる。どれが本物かわからない。
 
数人の権威ある人にセレクトされ、これが本物などといわれてもネット上では役にたたない。いちばん反応があれば芸をビジネスにしたアートだ。ウォーホルがいればネット上でもっとおもしろいビジネスをアートにしただろう。流通機構にのせた、ただのモノ「便器」が「泉」に。デュシャン神話もおもしろい。
 
 
注)アンディ・ウォーホルに関する詳細を知りたい方は『ウォーホルなど「現代美術の世界」その場所はー2』に記載しています。参照して下さい。
 


Recent Entries
「最新トラックバック」は提供を終了しました。